この度、NPO法人として認可されたことを新たな起点としていくためにも
自分が襲われたこのやっかいな病気について、過去から現在まで、ゆっくり回想録的に綴っていこうかと思っています。
このブログに出てくる症状や処方箋、診断、所感などは、あくまでも私個人のものであり、症状の状態や体調、性格など、見ていただいている各位におかれましては、あてはまらない事ばかりかもしれません。 ですので、その点に関してはご理解を頂き、あくまでも個人の回想録とお考えいただければ幸いです。
2005年に父が急逝し、その後、ミュージシャンとしての仕事に加え、あらたに大手音楽学校で教えることになりました。
新たな科を立ち上げるということで、主任講師となり、
なんとか成功させたいとの想いで奔走していた記憶があります。
同時にアルバム編曲などもあり、かなりのプレッシャーと時間の調整に苦労していたように思います。
それまでの私は、日本全国、高速道路で走り回るのが大好き! 電車に乗るより車で移動が主でして、時間があれば目的もなく高速道路で出かけていました。
ギターリストとして独立する前は、某有名音楽プロデューサーのレコーディングスタッフをしていたこともあり、都内を首都高でかけずり回り、仕事で海外に行っても、移動は高速道路、とにかく車の運転が大好きでした。
2006年、若干、風邪気味でしたが、常磐道を走っていたとき、大きな横風が車を揺らす中、今までにない感覚が出始めました。 そのときは、「まぁ、風邪引いてるから」と気にもとめませんでした。
その後は特段、問題もなく高速道路を利用していたわけですが、あるとき、友人の結婚式に呼ばれ、横浜のベイブリッジを渡っているとき、なにやら手に汗が滲んできて、
「なんか、いや〜な感覚だなぁ」と感じました。
そのときはまだ発作が起きていません。
さんざん走ってきた道です。 単なる疲労かと思っていましたが
後日、同じベイブリッジを渡っていたら、またあの「いや〜な感覚」が襲ってきて、
本当はまっすぐ横浜横須賀線に向かう予定でしたが、橋を渡りきったすぐの出口で降りてしまいました。
同乗していたパートナーには「間違えた」と言ってごまかしていた記憶があります。
そう、このときからパニック障害の予兆があったんです。
このときは「パニック障害」というコトバすら知りませんでした。
その後は特段、症状が出ることは無く、以前と変わらず高速道路を使って旅行をしていました。
ですが、このあたりから自分の中で「3車線とかの長い直線は、なんか嫌かも」という感情が出始めました。
<続きます>
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