2012年12月24日月曜日

「相棒」 再放送 パニック障害への認識

刑事ドラマ「相棒」の再放送を毎日録画しています。

結構、ハマってまして(*^_^*)

先日の再放送で犯罪教唆役が「パニック障害」という設定で。

この放送を見て、改めて「パニック障害」への不理解がよく分かりました。

俳優さんは脚本の指示通りだと思うので、しようがないのだと思いますが、演出が陳腐。

殺人現場を目撃して、そのショックでパニック障害になったと。

そして美容院に行けないから髪を伸ばしている。 紅茶(カフェイン)を飲まない。

テレビドラマなので、その辺は、まぁ、しょうがないか、と思いつつ、

発作を発症する演技がひどすぎる。

悪く言うと、心臓発作がいきなり起きて倒れ込む。絶命寸前みたいな演技。

そして「私はパニック障害なので、救急車を呼ばないでください」的なカードが出てくる。

あの映像を見た人は、「パニック障害の人って、こんな感じなんだぁ」って思ってしまう。

非常に悪い方向での社会認知。

そんなんだから、生命保険の自己申告でパニック障害は厳しい処遇に合う。

まぁ、ドラマだからハショるしかないのは分かるけど、この回の「相棒」を見た人は

パニック障害に対して偏見しかもたないよなぁ〜って。

精神疾患を取り入れるときはもう少し配慮が欲しいものです。



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2012年12月23日日曜日

パニック障害 その9 デパスとのお付き合い

前の日記で発作再発、そしてデパスとのお付き合いが始まりました。

主治医がおっしゃるに、私にはSSRIの再投与は望ましくない、と。

わたしもそれを望んでいませんでした。

こういう時期って、この疾患に対するいろんな書物を読みあさったり、ネットで調べ尽くすモンなんです。

再診察に行く前、私が読み込んでいた書籍が、アメリカのカウンセラーが書いた本。

内容は割愛しますが、この頃、出かけるときも持ち歩いていました。

「藁をも掴みたい気持ち」とはこのことですね。

そこに書いてあるコトを念じるように実践しましたがダメ。

分厚い書籍より「たった1錠のデパス」が僕を助けてくれました。

そもそも、海外と日本の保健医療制度自体が違うので、当てはまらないコトが多いのです。

いろんなご意見、お考えがあることは重々承知ですが、
情動が不安定なときに、精神論や認知行動療法などでは
ずっと焦燥感、不安感にさいなまれます。

もちろん、情動が安定してきたときは認知行動療法は有効だと思います。

デパスの半減期(血中濃度が半減し、断薬症状がでるとか)は6時間くらいと言いますが、
これも人それぞれ。

プラセボ的な要素も重要です。 デパス飲んだから大丈夫! と思えば自分のお守りになります。

実際、デパスは血中濃度最高値に達する時間が短く、効きが早い。 薬力も高いですね

抗不安薬に対して異常なまでの嫌悪感や使用を反対する方もいらっしゃいます。

私個人の意見としては、発作が出ないために「小さな一粒の錠剤」を飲むことは
脳に強烈な発作のダメージを刻み込まないためにも大切なことだと思います。

この疾患に悩む方のお話しをいろいろ伺うと、デパスなどの抗不安薬を飲むことすら
違和感や嫌悪感を持つ方がいます。

医師の処方通り飲む分には全く問題無いと考えます。

小指の爪にも満たない小さな錠剤。 ひどい肩こりの方にも処方されることもあります。

平穏な日常を過ごすためには、自分の中から偏見を取ることも大切ですね。




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2012年12月20日木曜日

(特非)パニック障害及びその他疾患支援会 役員会 in渋谷区民会館

昨日は我が「特定非営利活動法人 パニック障害及びその他疾患支援会」の定例役員会を
渋谷区民会館会議室で行ってきました。


役員は私含め4人。 NPO法人設立には住民票を県に提出する義務がある「役員、監事」がいて、住民票提出義務のない社員(ここで言う社員とは、いわゆる普通の会社みたいな意味合いではなく、簡単に言うと、この法人のミッションに賛同、また協力してくださる方々)が十数名おります。

役員は、みんな結構、若いんです(*^_^*)

会議ではNPO法人としてのミッション達成について明確な方向性を話し合ったり、
活動にはもちろん資金も必要ですので、そのやりくりの話、
東北被災地に対して我ら法人が何らかの形で貢献できないか、など真剣に議論しました。

寄付金や助成金の展望なども話しました。

ちなみにNPO法人への寄付金は法人の場合、全額が損金計上出来ます。
個人様からの寄付金に対しても寄付金控除が適用されます。

社会的ミッションを達成するためには、どうしても資金が必要です。
会議一つやるにもお金がかかります。

大きな会社や学校法人、社団法人が運営しているNPOも沢山ありますが、我らはすべて個人持ちだしで行っています。

後ろ盾がない分、みんなで知恵を絞り合って、当法人が掲げる社会貢献活動を遂行していきます!

たまにはこんな日記もお許しください(*^_^*)


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2012年12月19日水曜日

パニック障害 その8 強烈な不安感と再発

2010年、8月は、教えている音楽学校でも生徒募集の重要な時期。

講師のライブやリハーサル、譜面作り、また自分のアレンジの仕事など、
バタバタとしておりました。

前のブログにも書きましたが高速道路で発作が強烈に出てしまったため、
この頃はもう、高速道路を使っていませんでした。

渋谷某所のライブ会場に朝9時までに来るまで機材を積んで移動。

この日は平日。 高速を使えば2時間は短縮できるはずですが、朝のラッシュを覚悟で
一般道で向かいました。

若干の睡眠不足。 疲れ。 生徒を集めなきゃ!みたいな責任感が、かなりありました。

案の定、国道に出る道は大渋滞。 

「あれ、何だろう、この感覚。」

「うわぁ、車止めたいな、でも路肩も横にそれる道もない。」

「深呼吸。深呼吸。 だめだ、引き返したい。」

そんな感情に襲われながらも国道に合流。

車を走らせながら、「帰りたい、やばい、この感覚はなんだ!?」

コンビニが見えてきたので、車を止めて、飲み物とガムを買ったり、身体を動かしたり。

「このまま都内に向かうのは無理じゃないか!?」

だけど、約束の9時入りは絶対厳守だし。

とりあえず、向かいました。 どれぐらいたってでしょうか。少し落ち着きを取り戻し、
現場に到着する頃には平常になっていました。

そして数日後、夏の暑い日、車で出かけました。

家を出てすぐ、もの凄い焦燥感と絶望感。 離人感。
すぐに家に引き返して部屋をウロウロ。
不安感は治まりません。

あ、そうだ、かなり前に3錠だけもらった頓服薬があったな!

デパスです。 抗不安薬を飲むことに抵抗がありましたが、飲んでみよう。

はじめての抗不安薬。 その後、布団で横になり、異常な焦燥感は無くなっていきました。

またここでも脳裏に刻まれてしまったのです。あの発作の恐怖が。

その日の夜、大切な集まりがあったので、出かけました。

さすがに心が折れてしまいました。

前記した朝のラッシュ時発作のあとにすぐ病院に行ってさえいれば
嫌な発作の記憶が残らなかったのに。

そして車に乗ると、強度の緊張。それによる目眩。
9/2に急遽、以前行っていた病院に行きました。

車を走らせるとすぐに目眩が。  デパスを飲んだら落ち着きました。

担当医と話し、SSRIは投薬せず、デパスを1日2錠飲むことに。

ここから抗不安薬とのお付き合いが始まりました。

(続きます)
個人メモ お守りデパス。 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ パニック障害へ
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2012年12月10日月曜日

パニック障害 その7 SSRI断薬後の発作再発

2010年の5月3日よりSSRIを完全に断薬し、個人的には「治った」と思い込んでいました。

この病気の間に乗っていた車が寿命を迎え、車も新しくなり、「パニック障害を克服したらETCもついたし、どんどん遠出するぞ!」と意気込んでおりました。

投薬中も長距離ではないですが高速道路に乗れるようになり、いろいろと出かけ始めていました。
(断薬直後に行った完成前のスカイツリー(^_^;) )

あるとき、自分を試してみたくなりました。本当に治っているのかを。

はじめて発作に襲われた圏央道、同じ道で。

高速に乗ってからは「全く問題無いよ!」とパートナーにも話していました。

実際に恐怖感も無かったんです。 この道は短いトンネルが沢山あり、視覚的には明順応と、暗順応が交互に、しかも頻繁に起こる道でもあります。

そのうちにトンネルを越えると、一気に広大な景色が出てきてます。

あの思い出が蘇ります。 「いやいや、俺は治ったんだ!」

次の長いトンネルに入った瞬間、ついに起きてしまいました。

しかも今までにないくらいの「最強の発作」が。

トンネル内の退避スペースに車を止めました。
息が苦しい。死ぬ。死ぬかもしれない、
何が起きているのか、わからない。 
頭を抱えながらあまりの恐怖に何をして良いのやら。  
まさに「パニック」です。  
パートナーに救急車を呼んでもらおうか、おれ、このままどうなっちゃうんだろう。 助けて、助けて、と。

高速のトンネルは退避スペースに止めると、凄い音のアナウンスが流れます。
「危ないので、移動してください!」と。

同乗しているパートナーも、どうして良いかわかりません。

頓服も持っていません。 どれくらいの時間だったかはっきりは覚えていませんが、
少し正気を取り戻せてきたので、車内で私が後部座席に行き、パートナーが次のインターまで運転。高速を降りました。

そのときには発作は治まっていました。

このときの発作はあまりにも強烈すぎました。それ以来、高速を運転していません。

一時期、高速道路が一律ETCだと1000円というときがありましたよね。

その恩恵にも与ることなく、通院を再開することもなく、夏まで過ごして行きます。

(続きます。)
個人メモ 焦燥感渋滞 再発、通院再開


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2012年12月9日日曜日

精神疾患を抱えた方に対する雇用の法整備を訴えていきたい!

まぁ、なんとも大げさなタイトルかと思われるかもしれませんが、
パニック障害及びその他の疾患を抱えてらっしゃる方々のお話、またツイートを拝見していますと、これら疾患により、休職を余儀なくされた、また辞めざるを得なくなった、など悲痛な声を聞きます。

もし、私が会社員で「明日から長野に高速で出張してくれ!」と言われたら、運転してくれるバイトを雇うしかありません。

そしてそれが続くなら辞めざるを得ないでしょう。

飛行機に乗れない人に「海外出張」が出た場合は?
国によって我々が飲んでいる薬が認可されていない所もあります。

「満員電車に乗れません。」 もし就業時間の変更ができたら?

大概、今の社会認知度は、口では「そんな病気なんだ〜」と言ってても本心は「甘え」「考えすぎ」「気合いで何とかしろ」と、いうのが現状でしょう。

もし雇用の法律にそのような訴えが診断付きで出された場合、会社は業務内容などを配慮しなければいけない、それによる不当な解雇、又は左遷当の不利益な処遇にしてはならない、

そんな法律があれば多くの方はその会社にもっと大きな利益を出すよう、就業に励むことでしょう。

私も最近ですが、飛行機を使わなければならない仕事があり、その担当の方がこの病気のことを非常に理解されていて、ご配慮いただきました。

あのときは本当に嬉しかったです。

飛行機がダメなら新幹線
電車がだめなら車とか他の交通手段
など数え切れないほど症例はありますが、総じて言えることは、これら疾患になられた方々は、本当に責任感も強く、まじめで、自分に与えられたミッションを完全に遂行しようとする方が多いと思います。

それ故、それだけ能力の高い方々を、病気によって排除する、また辞めざるを得ない社会環境は、認知度の拡大と方の整備が大切かと思います。

どこまで出来るかわかりません。ですが政権が決まったのちは、陳情など出来るような活動もしていきたいと思います。




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2012年12月7日金曜日

パニック障害 その6 副作用(赤裸々な告白)

前回から投薬に至るまでを綴ってきました。

今回、このブログに書こうか非常に悩んだことがります。

ですが、パニック障害をサポートするNPO法人を立ち上げ、この体験を、もしお持ちの方がいれば、少しでも何かのお役に立ててればと思います。

いつもながらですが以下の副作用はあくまでも私個人に起きた事案で、医師曰く、全く同じ副作用が出ない方もいます。そしてかならず医師に隠さず照れず相談し、対処を求めてください。 これらを書くことにより、やはりSSRIは使いたくない!などと考えないでください。使うべき「時」、使わなければならない「症状」があり、それらは素人の判断で決めることなく、信頼の置ける医師に相談してください。


パキシルを10mgから20mgに上げていき、さらに週を追って30mgまで増やしていきました。

前回の日記にも書きましたが普通の生活は送れるようになりました。ですが、いろんなモノが、コトがどうでもよくなる、そんな印象です。

そして私の大きな副作用として起こったことは「射精不全」です。

シモネタとか、全くそんなことではなく、非常に辛い副作用でした。

以前から申し上げていますが、初診の診断には奥様やパートナーの方とご一緒に行かれた方が良い、というのはこういうことも起こりえるからです。

もちろん「性欲減退」もありました。これらを奥様やパートナーに黙っていると、
夫婦関係やパートナーとの信頼関係に亀裂が入ります。

きれい事抜きで、ご結婚、またお付き合いされている方は男女間の関係があるかと思います。
相手がこれらのことを理解できていない場合、非常に傷つく結果をもたらしかねません。

おなじくパキシルを飲まれてる方でこのような副作用が出ない方も沢山います。

それだけ、各個人差が効き方や副作用含め違いがあるのです。

担当医もこの手のことはなかなか話せない患者さんもいます、とおっしゃっていました。

ですが、これらのことは「ストレス」という観点では非常に強く、投薬を継続するべきか、薬を変えるか、など先生と話しました。

30mgまで上げて数週間が経っていること、担当医曰く、私はまだ軽度であるとの判断で
断薬に向けて薬の量を減らして行くことになりました。

3/16 30mgから20mg
4/2     20mgから10mg
4月中旬 10mgから5mg
(1錠を薬剤師さんが半分に切って小分けしてくれました。)
いまは5mgが販売されてますね。
5/3 完全断薬。

減薬して行くにつれて上記の副作用が少なくなってきました。

(続きます。)
個人メモ 治った気で乗った高速。夏の発作、決定的な発作。 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ パニック障害へ
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2012年12月5日水曜日

パニック障害 その5 投薬開始

問診の結果、パニック障害と言うことになりました。

今までの経緯をすべて医師に話しました。

心療内科に行かれた方からよく聞くのは「先生がPCばかり見ながら話を聞いていた。」と。
私もはじめての心療内科。案の定、先生はPCを見ながら、時折、私を見てくれます。
最初は「もっと、うんうん、って聞いてくれるモンじゃないの!?」と思ったのですが。

今はすべて電子カルテ。初診とはいえ限られた時間で患者さんの症状や出来事などをカルテにしていかなければならないので、ここで憤慨する方もいるようです。

私の場合は、後になってわかるのですが、先生がどんな細かい情動の変化や私に起きた出来事など細かく記載してくれていたので、逆に話だけ「うんうん!」と聞いてカルテをおろそかにしている先生の方が嫌ですね。

さて、投薬が始まりました。
(このギターは投薬には関係ありませんが、ちょうどこの時期に、メイン機としてメーカー様よりエンドーストして頂いたギターでして、自分の記憶と時期をリンクさせるために。)

ここからはいつも記載しておりますが、あくまでも私個人の感想、副作用、効き具合ですので、決して皆様に当てはまることは無いかもしれません。それだけは十二分にご理解ください。

パキシルと胃腸薬を経口しました。

仕事に向かうため、車を走らせると、いままで聞こえていなかった高音域がキラキラっと聞こえてきました。 音楽の仕事をしているので、耳の感覚は偶然ではなく、確実に高域がいつもより聞こえてきます。 

正直、ちょっとびっくりしました。 そして職場に着くと、いろんな方から「顔が疲れてるね。」など。  そして強烈に眠くなりました。 空き時間にスタジオの影で床に寝そべりました。

何らかの副作用はあるだろう、と思っていましたが「こうきたか!?」というかんじです。
翌日から初日に聞こえた高音域は無くなり、いつも通りの聞こえ方に。眠気も日に日に無くなって来ました。

とにかく、即効性がある薬ではなく、しっかり指示通り1週間飲み続けてやっと効果が出始めるものですから、ちゃんと飲んでいました。

少ししてからでしょうか。車で出かけたとき、発作のようないやな感覚が襲ってきましたが短時間で治まりました。

パキシルは徐々に投薬量を増やしていくのが定番のようです。私も2週間後にはパキシル10mgから20mgに増量。先生曰く、30mg位まで増やして、経過を見ていくとのことでした。

20mgに増えたころから心というか、生活に変化が。仕事は普通にやるのですが、たとえば来たメールを返さない。「まぁ、いっか〜。」みたいな感じです。

パートナーとのメールは毎日していましたが、各所から来た連絡に「まぁ、いっか〜」って、返さない。返信しなきゃいけないとはわかっているのに、返さない。

今までの自分には無かった行動です。 

ですが高速道路に乗れたんです。 そんな長距離ではないですが、何事もなく乗れたんです。

「嬉しい」という気持ちと、薬ってすげ〜な〜という少し複雑な心境でしたが、なんか、細かいことがどうでもいい、って感覚と言いますか。

ですが、この先も自分なりの闘いが待っていました。

(続きます。)
個人メモ 書くのは迷うがすべてを書こう。減薬、強烈な再発
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2012年12月3日月曜日

パニック障害 その4 葛藤 そして心療内科へ

はじめて脳に埋め込まれた死んじゃうかもしれない!という恐怖を体験して
日々の生活に変化が出てきました。

その数日後、長野にあるギター工房に教えている音楽学校の生徒さん引率で行くことに。

長野までは高速バスでしたが、現地について、レンタカーで移動。
いままでは4トン車でも仕事で乗ってきましたが、なにやら不安感が。

綺麗な初春の山々を見ながら、本来は楽しいドライブのはずなのですが。

手に汗と、自分が自分じゃないような感じ。1区間だけ高速で移動。とにかく緊張しました。

この頃の私はネットでパニック障害のことを調べて、「呼吸で副交感神経優位にし、安定させよう。」と、いろいろ試みました。正しい情報もあれば、今思うと、間違った情報も。
中には「浅く細かい呼吸を」というのすらありました。本来は正しい腹式呼吸をゆっくりと、というのが推奨されていますが、浅く細かい呼吸というのはいささか、間違った情報だったのかもしれません。

生活の中から高速道路利用を省くことは非常に困難でした。とにかく腹式呼吸をしながら短距離ですが利用していました。

あるとき、関越を練馬で降りて下道を進んでいくと、とても不安で「どうしよう、どうしよう、」という絶望感と言いますか、焦燥感が。

そんなことが積み重なっている時期でした。

なぜ餃子の写真かといいますと、あるとき、パートナーと宇都宮の知人に会いに行くことになり、(宇都宮と言えば餃子でしょうか^_^) 東北道を目指しました。

今までは、車の運転=リラックスモードということで、運転時は脱げないサンダルを履いていました。ですがこの頃から「しっかり靴を履けば大丈夫かも」など、もう、全く根拠のない変化を自分に科してみたりの毎日。

東北道に入り、埼玉県の県境である荒川をまたぐ長い橋があります。

そこを走っているときに、背筋に緊張感が。 橋を渡りきったところで強烈な目眩が。

側道に車を止めて、目眩が治まって近くのパーキングに。

その後や、帰宅の高速はなんとか大丈夫でした。

このあたりから予期不安がどんどん広がってきます。

最後の方は、スーパーの立体駐車場に登ることにも不安感を覚えるようになります。

パートナーには「パニック障害ってやつかも。」とか、「疲れの一種だと思うんだよね。」とか、「一過性のものだと思うから」など、心配させぬようにしていました。

ですがあるとき、パートナーから遠出の誘いが。

その瞬間です、眼から涙が溢れて溢れて、恥ずかしながら、男泣きしてしまい、
抱えていたすべてを話しました。

「高速道路に乗ることが怖くてたまらない」

病院に行くことを避けていたのかもしれません。なんとか自分で治せる、そう信じていました。

ですが、その溢れる涙で気がつきました。

「僕はもう、限界だ」 と。

親族、大切なパートナーと一緒に受診し、一緒に医師の説明を聞くことが良いと聞いていたので、二日後に予約を取り、パートナーと一緒に心療内科を受診しました。

自分でもわかっていましたが、やはりパニック障害でした。

診察を受け、血圧を測ると、高血圧ということで、カルシウム拮抗剤と、
SSRI(パキシル 10mg) 胃腸薬 が処方されました。頓服用に デパスを3錠

ここから私の治療が始まりました。

次回からは自分に起きた作用や感想、情動の変化などを包み隠さず綴っていきたいと思います。前回も書かせて頂きましたがあくまでも私個人の処方、治療方法、感想、作用ですので、見て頂いている各位には当てはまらないことと思います。その点をご理解ください。

(続きます。)

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2012年12月2日日曜日

発達障害 公的教育について

先日、発達障害のお子さんを抱える方のお話しを伺いました。

私の友人のお子さんも発達障害を抱えてらっしゃる方がいます。

お二人方の共通の課題がお子さんの教育。

友人のお子さんは何度も遊んだことがありますが、ご両親より告白されるまで、
発達障害とはまったくわかりませんでした。

このような言い方が正しいのかわかりませんが、「全く普通。」

受け答え、礼節、話の内容など、普通の6年生。

もちろん、軽重があるとは思いますが、前記しました「教育」について。

公立学校は支援学級などがあります。

低学年時は普通学級だったのですが、高学年になるにあたって支援学級に入る決断をされたとのこと。

教師の中にもそのような疾患を抱えたお子さんへの理解が異常に乏しい方がいるようで、
周りのお子さんとの関係も含め、英断されたようです。

市町村によっても対応の温度差が激しいようです。

義務教育は支援学級などサポートがありますが、公立高校にはほとんどありません。

結果的に受け入れ体制のある私立高校を選ばざるを得ないと。

ですが、経済的なこともふくめ、私立を選択できないお子さんはどうなるのでしょうか。

国はそのような事に対して助成など行っていません。

教育は平等に受けられる、憲法の根幹です。

今の社会では義務教育だけでなく、高校までが実質の義務的教育かと考えます。

公立高校無償化を図った今、それが実質上の義務教育と認識しているように思います。

ここに経済的事情の差があっていいのでしょうか!?

当法人としては、今後、そのようなことを国に陳情し、どんな子供達、また取り巻く環境に左右されることがないよう、訴えていきたいと考えます。

そもそも「発達障害」なんていう医学的なコトバが良くないと個人的に考えます。

みんな個性があって、秘めたる可能性や才能を持ち合わせた子供達。

オリジナリティの豊かなお子さん達に対して教育の選択肢がもっと広がる世の中になればいいのかと思います。







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