日々の生活に変化が出てきました。
その数日後、長野にあるギター工房に教えている音楽学校の生徒さん引率で行くことに。
長野までは高速バスでしたが、現地について、レンタカーで移動。
いままでは4トン車でも仕事で乗ってきましたが、なにやら不安感が。
綺麗な初春の山々を見ながら、本来は楽しいドライブのはずなのですが。
手に汗と、自分が自分じゃないような感じ。1区間だけ高速で移動。とにかく緊張しました。
この頃の私はネットでパニック障害のことを調べて、「呼吸で副交感神経優位にし、安定させよう。」と、いろいろ試みました。正しい情報もあれば、今思うと、間違った情報も。
中には「浅く細かい呼吸を」というのすらありました。本来は正しい腹式呼吸をゆっくりと、というのが推奨されていますが、浅く細かい呼吸というのはいささか、間違った情報だったのかもしれません。
生活の中から高速道路利用を省くことは非常に困難でした。とにかく腹式呼吸をしながら短距離ですが利用していました。
あるとき、関越を練馬で降りて下道を進んでいくと、とても不安で「どうしよう、どうしよう、」という絶望感と言いますか、焦燥感が。
そんなことが積み重なっている時期でした。
なぜ餃子の写真かといいますと、あるとき、パートナーと宇都宮の知人に会いに行くことになり、(宇都宮と言えば餃子でしょうか^_^) 東北道を目指しました。
今までは、車の運転=リラックスモードということで、運転時は脱げないサンダルを履いていました。ですがこの頃から「しっかり靴を履けば大丈夫かも」など、もう、全く根拠のない変化を自分に科してみたりの毎日。
東北道に入り、埼玉県の県境である荒川をまたぐ長い橋があります。
そこを走っているときに、背筋に緊張感が。 橋を渡りきったところで強烈な目眩が。
側道に車を止めて、目眩が治まって近くのパーキングに。
その後や、帰宅の高速はなんとか大丈夫でした。
このあたりから予期不安がどんどん広がってきます。
最後の方は、スーパーの立体駐車場に登ることにも不安感を覚えるようになります。
パートナーには「パニック障害ってやつかも。」とか、「疲れの一種だと思うんだよね。」とか、「一過性のものだと思うから」など、心配させぬようにしていました。
ですがあるとき、パートナーから遠出の誘いが。
その瞬間です、眼から涙が溢れて溢れて、恥ずかしながら、男泣きしてしまい、
抱えていたすべてを話しました。
「高速道路に乗ることが怖くてたまらない」
病院に行くことを避けていたのかもしれません。なんとか自分で治せる、そう信じていました。
ですが、その溢れる涙で気がつきました。
「僕はもう、限界だ」 と。
親族、大切なパートナーと一緒に受診し、一緒に医師の説明を聞くことが良いと聞いていたので、二日後に予約を取り、パートナーと一緒に心療内科を受診しました。
自分でもわかっていましたが、やはりパニック障害でした。
診察を受け、血圧を測ると、高血圧ということで、カルシウム拮抗剤と、
SSRI(パキシル 10mg) 胃腸薬 が処方されました。頓服用に デパスを3錠
ここから私の治療が始まりました。
次回からは自分に起きた作用や感想、情動の変化などを包み隠さず綴っていきたいと思います。前回も書かせて頂きましたがあくまでも私個人の処方、治療方法、感想、作用ですので、見て頂いている各位には当てはまらないことと思います。その点をご理解ください。
(続きます。)
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